報道の在り方、の巻

東北大震災から10年…

当時あずきちゃんは、名古屋で面接の真っ最中だった。

体がふわぁふわぁとし、頭がクラクラした。

面接での緊張のせいだと思った。

まさか、地震だとは。。。

家に帰ってTVを見ると、家や車が流されている映像…

そんなに大きな地震だったんだ。。。

あずきちゃんは最近、東北大震災の本を図書館で借りて来た。

被災をされた方々の想いや当時の様子を知るため、また東北大震災を風化させないために。

あの地震で被災を受けられた方、大切な人を失くされた方、故郷を失われた方、、、、

心からお見舞い申し上げます。

ただ、あずきちゃんは報道の在り方に疑問を抱く。

当時に限った話ではないけれど、避難所にガツガツと押し寄せて被災者へ配慮を欠いたインタビュー…

ブルーシートを剥がして、遺体の顔をカメラにおさめていく…

実際、凄惨な写真が載っていたり、危険を煽るような記事の方が批判はあっても売れるそうだ。

現場の人は葛藤はあるだろうし、会社の指示で動いてるだけかもしれない。

でも売れるからと言って、さすがにやりすぎでしょ。

一方で、美談も好まれる。

もちろんあずきちゃんだって、暗いニュースよりも明るいニュースの方が気分が良い。

だけど美談ばかり報道されると、あずきちゃんは少々疑ってしまう。

だって、特攻隊も美談にされて映画や本になって語り継がれたりしてるけど実際違うじゃん。

東北大震災直後、「誇り高き消防団」というように消防団の美談を扱うニュースが増えていた。

以下、消防団が作家の石井光太さんに語った言葉。

「消防団の実情は、テレビのようなきれいごとばかりじゃないんだ。
俺たちはここで生まれ育ってきたから、町の人たちとは顔見知りだ。
その人たちの遺体を瓦礫のなかから探し出すのはつらい作業だ。
世話をしてくれたばあちゃんの顔がつぶれていたり、親戚の娘の遺体が魚に食われていたり….そんな姿、見たい人間はいねえだろ」

「精神が参っちまうヤツが大勢いるんだ。あるヤツはうつ病みたいになって避難所へつれていかれたし、夜逃げしてしまったヤツもいる。」

「警察官や自衛隊の人たちが羨ましいよ。
彼らは疲れ果てたら、遠くにある自分の家に帰れる。
しかし、俺たちはもう駄目だと言って逃げ出すことができねえ。
死体が完全に見つかるまで、何ヶ月も遺体捜索をくり返していかなきゃならねんだ。
それを思うだけで絶望したくなるよ。」

「それなのに、マスコミや被災地以外の人たちは勝手に『立派』とか『がんばろう』って声を合わせつづける。」

『わたしの3・11 あの日から始まる今日』茂木健一郎編 ー 報道と現実の間で 石井光太


Amazon

消防団から話を聞いた石井光太さんがこう述べている。

事実とはかならずしもそれだけではない。
誇り高き消防団員がいる一方で、夜逃げをする消防団員もいる。
本来はこの両方を認めてあげられる社会でなければならないのだ。
片方だけを認めれば、片方が苦しむことになる。
にも関わらず、すべてが一面化され、それだけで物語が完結してしまう。

この未曾有の災害に対しては、報道の姿勢を変える必要があるのではないか。

『わたしの3・11 あの日から始まる今日』茂木健一郎編 ー 報道と現実の間で 石井光太

報道の在り方が変わっていくことを願う。

そしてあずきちゃんも一部だけではなく、全体を見るように心がけたい。

<一つ>だけをもってでは「答え」が出てこない。

<片方の話>だけでは「答え」が出てこない。<両方>の話を聞いてみなさい。

2016年9月27日火曜日 キリスト教福音宣教会 明け方の箴言

社会カテゴリの最新記事