故郷、の巻

あずきちゃんは岐阜生まれ。

「岐阜ってどこだっけ?」という反応には慣れっこだ。

ドイツで出会った日本人に出身地を聞かれ答えたところ

「反応に困る県ですね。」

って言われたときは少々腹が立ったけど。

糞ガキが。

岐阜県には世界遺産の白川郷もあるし、観光地 高山、下呂温泉、それに栗きんとんも五平餅も美味しいんだよ。


妹 大豆ちゃ〜ん♡

かわいいお団子が話題!囲炉裏がある築100年の古民家カフェ「湊珈琲」

美味しいうなぎ屋さんも多い♡

って誇れるところたくさんあるんだけど、なぜか岐阜って地味だし影が薄いんだよね。

全体的に岐阜はアピール力が弱いんだと思う。

そしたら、Twitterで嬉しいツイートを見つけた。

故郷を褒められると嬉しい。

なかなか注目してもらえない地だから尚更。

小学生の時にバスガイドさんが、

「お侍さんが温泉に入って、『良い湯だな〜。この温泉はなんと言うのじゃ?』と近くにいたカエルに聞きました。
すると『ゲロ』とカエルが答えたので、『そうか下呂と言うのか〜』

お侍さんはこの土地を大変気に入り、『ここはなんと言う町じゃ?』と聞いたところカエルは『ゲロ』と答えました。

『さっきもゲロと答えたじゃないか。この私を馬鹿にしているのか』とお侍さんは怒って、カエルを踏み潰してしまいました。
すると『ギフ』と言ってカエルは死にました。
『そうか、ここは岐阜と言うのか〜』ということで、下呂、岐阜と名付けられたと言われています。」

と紹介してくれてたのをよく覚えている。

自分の故郷や自分が本当に好きで楽しんでいた場所でも、自分が成長して<考えの次元>が高くなれば、だんだんと「満足度」が低くなり、「愛想」が尽き、「好奇心」も消える。だから他の所に移るようになる。

ある人は環境を移しても満足するためにはきりがないと言って、旅行をして回って、その都度見て終わらせる場合もある。

「他の人が住んでいる所」がもっといいけれども、「故郷」は自分が生まれて育った所なので、背景を問わず好む。
そのような所を開発したら「天国の環境」になるからもっとよい。

自分の故郷がより劣っている環境でも、木も育て開発して続けてよりよく作れば、満足して生きるようになる。<人>もそうだ。

<故郷>も開発するから好きになる。
<人>もそうだし、<自分自身>もそうだ。

神様が<天の経緯、地上の経緯があってくださったもの>は、ほかのものより劣っていても、「一生よいもの」であり、「満足なもの」だ。
しかしこれも悟って知らなければならない。
<自分の考え>の次元が低く無知であれば、「全能なる三位一体がくださったもの」を価値なく考えるようになり、それが自分にとってはそれほど貴重でなく、満足にも思えない。

<自分の考え>において「価値と満足」を悟れなくて価値を失ったら、「貴重な宝」も「貴重な人」も失うようになる。
失っても<自分の考えの次元>で「それより劣っているもの」をもって満足して生きる。

2017年2月17日金曜日の明け方の箴言

マイナスイオンが足らなくなったら是非、岐阜へ。

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